すこやかであるということ
すこやか?健康?
私は“健康“よりも“すこやか”という言葉の方が好きなので、こちらを多用しています。
定義としては大体どちらも同じような意味合いのようですが、“健康“の方が“すこやか”よりも身体的な面を連想するケースが多いように感じます。
対して、“すこやか“は大和言葉の“すくやか”からきていると言われていますが、音の響きからもすくす感?とか、たおやかさまでも含んでいるような気がして…好きなんです。
健康診断、健康の記録、すこやかに育つ、すこやかな笑顔…etc(言いようだと言われてしまえばそれまでなんですけど)
ちなみに、日本WHO協会のHPによると健康の定義とは
「病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、全てが満たされた状態にある(日本WHO協会訳)」
だそうです。
全く「身体が丈夫であること」とは言ってませんね。
それなのに、なぜこんなにも「健康=身体に病気がないこと」みたいなイメージが先行しているんでしょうか?
どんな状態がすこやかであるか
少し話が違うかもしれませんが…
以前の職場で、よくお客様から「どうですか?私、骨盤歪んでませんか?」と聞かれました。
アロマセラピストになってからはそれほど聞かれることもなくなりましたが…
私はそれまでに学んだこと、経験したことから、歪んでいるかどうかではなく可動域はどうか、その人の活動において不便はないかどうか、を重視しています。
利き手や利き足があるように、どうしても人は完全に左右対象に生活出来ませんし、動きの癖もあります。
そうした中で完全に左右対象を保ち続けるのって、大変ですよね。
多少歪んでいても、可動域に問題がなく快適な生活を送れていればそれが良いのではないのでしょうか?
見た目にこだわりすぎて骨盤を左右対象に整えておきたいがために、動きがぎこちなくなって骨盤周辺の関節可動域を狭めてしまったり(その結果筋肉にもトラブルが起きることも…)、色々気になって生活に不便が出てしまっては、健康とは言えないのでは??
すこやかであるということはそれだけで幸せなこと
すこやかでなければ幸せになれないか、と問われればそれは違うのかなと思いますが、すこやかであるということはそれだけで幸せなことだと私は考えます。
身体も心も淀みなく、穏やかな心地で過ごせる日々はそれだけで幸せ。
あなたにとっての健康、すこやか、とはどんなでしょうか??
本日も最後までお読みいただき、ありがとうございます。
maco